猫虐待の事件が頭から離れない

HeteroSapiens / Pixabay

去年に、このブログでも取り上げた事件だけど、埼玉で起こった猫虐待の事件は憶えているかしら?
50代の税理士の男が猫を「害虫」として扱い、捕獲しては生きたまま拷問して殺したショッキングな事件。

あたしは小さい子供や動物が犠牲になった事件は、なかなか忘れられなくて、たまにその後の経過をネットで調べるのだけれど・・

最近の風潮では容疑者が逮捕されたら、まずは本人の情報が晒される。
住まいの場所を特定され、加害者の家族たちも晒され、次の事件が起こるまでは大騒ぎ。
一通りの晒しが済んだら、今度は裁判結果がどうなるか。
執行猶予が付こうものなら、判決後の数か月は追跡される。

過激な話題でPVを稼いでるタイプのサイトは、この辺りでそのネタを追わなくなるけど、Twitterや掲示板では投稿は続いているみたいね。

「社会的に死ぬ」って、こういうことなんだなぁって感じるわ。

つい最近起きた新潟で小学生の女の子が犠牲になった事件もそうだけど、犯人もその家族も、同じような社会的制裁を受けているのだろう。

猫虐待の犯人もその家族も、社会の監視からは逃げられない。

あたしも・・

たまたま目にしてしまった、虐待された後の猫の無残な姿が頭から離れなくて、あの犯人の男には憎しみを感じる。

想像するだけでも酷いと思ったけど、視覚で情報が伝わってくると、あまりにもショックで・・
涙と一緒に強い憎しみが湧いてきた。

あの猫たちは、どんなに怖かったろう。
自分の身に何が起こっているのか分からずに痛くて辛くて、そのうち拷問に耐え切れず、苦しさの中で意識を失う。
そして最期の姿を嬉々として眺める人間たちがいるなんて・・・

あの無残な姿を、楽しむことができる人間がいる。

例えそれが少数であっても、そういう危険因子がもっと大きな事件に繋がる気がして恐ろしい。

何より、どうして自分よりも小さくて弱い命を弄べるのか・・

「許せない」と声を上げることは簡単だけど、実際に自分には何かできるのだろう?

あたしには、まだまだ知らなければいけないことがたくさんあるのだと思う。

スポンサーリンク
レクタングル(大)広告
レクタングル(大)広告

もしや・・シェアしてくれたり?

フォローする