あたしには自殺した友達がいる。
どうして彼が自殺することを選んでしまったのか、何年経っても理由は分からない。
だって、彼と話すことはもうできないから。
大切な人を自殺で失うのはどんなに苦しいことなのか、記録に残しておこうと思う。
まず始めに
最近、いじめを苦に自ら命を絶つことを選んだ中学生のニュースを立て続けに見ました。
これからたくさんの可能性を秘めている少年や少女が、この世に絶望して自殺を選んでしまうことを、とても悲しく感じています。
自殺というのは残された人たちも、とても悲しいものです。
自分の経験が苦しんでいる誰かを思い留まらせる、きっかけになれればと思います。
出会い
彼と出会ったのは、あたしが20歳の時。
その頃、世間は一家に一台PCがあって、ネットに繋がっているのが当たり前になった頃。
あたしたちは、地域の「友達募集掲示板」で出会った。
始めはメールのやりとりとして、話が合うのでリアルで遊んでみることにした。
彼は二歳年上の大学生で、勉強ができる真面目な子。
性格は少しネガティブだった。
不安定なフリーターのあたしとは正反対だったけど、不思議と馬が合ってすぐに仲良くなれた。
就職氷河期
出会った頃、彼は就活真っ只中。
でも、その頃の新卒就職率はすごく低くて、就職氷河期なんて言われている時代だった。
ご多分に漏れず、彼も就職がなかなか決まらなくて苦悩していた。
そのうち一般企業への就職は見切って、彼は公務員試験一本に絞ることにした。
今はどうか知らないけど彼の話しでは筆記試験があって、それに通ったら面接試験があるらしい。
彼は勉強家だったので筆記試験はクリアできた。
面接試験も上手く受け答えできたらしく、手応えを感じたようだった。
でも、残念なことに試験の結果は不採用だった。
彼の落ち込みようは酷くて、聞いた話では暗い部屋にこもり、食事もできないほどだったらしい。
そして、これがきっかけで彼はうつ病になり、薬が手放せなくなった。
自己否定
彼の家は、父親を早くに亡くしていた。
母親と祖母の3人暮らしで、ずっとふさぎ込んでいるわけにもいかない。
とりあえず近所のPCスクールに通い、プログラミングの勉強を始めた。
みっちり勉強して短期間で技術を身に付け、正社員とはいかなかったけど派遣社員でSEの仕事がすぐに見つかった。
あたしはすごいことだと思って褒めたけど、彼は
「新卒で就職できなかったから、俺はもうダメだよ」
と、浮かない様子だった。
一時的に落ち込んでいるだけと思っていたけど、それからも彼が前向きになることはなかった。
希死念慮
SEの仕事はやりがいがあるようだった。
彼はいつも勉強していたし、そのうち実力が認められて、派遣社員から正社員にもなれた。
あたしは素直に良かったと思っていたけど、それでも彼は気になる発言をしていた。
「俺ね、別に生きる事に執着はないんだ。楽に死ねる方法があったら、いつでも死にたい」
仕事が上手くいって、彼のうつ病は治ったと思っていた。
でも、彼はまだ闇から抜け出せていないみたいだった。
自殺未遂
それから、しばらく彼から連絡が途絶える。
あたしはその頃、新しい仕事が忙しくて余裕がなかった。
気にはなっていたけど、どうすればいいか分からなかった。
新しい環境に慣れた頃、あたしからメールしてみた。
「転職して、今は六本木で働いているの。空いている日があったら遊ぼうよ」
メールをしたら、偶然にも彼の職場も六本木だった。
六本木ヒルズの森タワーの中にある会社で働いていた。
早速、仕事帰りに飲みに行く約束をした。
久しぶりに会う彼は、生き生きをしているように見えた。
表情も口調も明るい。
彼が推薦する中華料理店で食事をした。
その後、その当時はまだできたばかりだった、東京ミッドタウンまで移動して、二人で公園を散歩した。
「仕事は順調?なんか生き生きしていて安心したよ」
そう声を掛けると、彼は少し間をおいてから言った。
「・・・うん、実はね、言いにくいんだけど、二ヶ月前に自殺未遂をしたんだ」
あたしは絶句してしまった。彼はそのまま続けて、
「急に全てが嫌になってしまって・・・。でも、家族にみつかって助かった」
笑いながらそう言った。
彼が言うには、一度死のうとしてから吹っ切れたらしい。
「今はやりたいことをやりまくって、楽しく過ごしているから」
と続けたけど、どことなく自暴自棄になっている感じがした。
でも
「最近は年下の恋人ができて、相手がわがままだけど楽しくやっている」
とも言っていて、本当に吹っ切れたのだと、少し安心もした。
季節は初夏。
夏になったらビアガーデンに行こうと約束をして、その日は別れた。
だけど、その約束は果たされなかった。
彼からのメール
それから、彼とは一度だけメールのやり取りをした。
この前も話題に出た恋人が、相変わらずわがままで大変らしい。
仕事も忙しいみたいで、ビアガーデンに行く約束は憶えていたけど、なんとなく遠慮してしまった。
そうこうしているうちに、夏は終わってしまった。
その年は涼しくなるのが早くて、9月でも夜にはけっこうひんやりしていた。
残業してから家に帰り、携帯電話をチェックしたら、彼のアドレスからメールが来ていた。
でも、送り主は彼のお母さんだった。
そのメールには、彼が自殺で亡くなったことが記されていた。
そして、葬儀を行うから可能ならばお別れに来てほしいという内容だった。
あたしは愕然とした。
お通夜でのこと
葬儀は彼の実家の近所にある斎場で行われた。
仕事を休んで、お通夜へ行った。
入り口にはお母さんが選んだのであろう、彼の子供の頃の写真がたくさん飾られていた。
会場に入ると、お母さんと車椅子に乗ったお祖母さんが肩を落としていた。
お母さんは憔悴しきっていてとても声を掛けられる状態ではなく、自殺の理由は聞けなかった。
そして彼の話題に出てきた、恋人らしき人は見当たらなかった。
お焼香を済ませた後、彼の顔を一目見てお別れをしたかったけど、棺の窓は開けられていなかった。
すぐに帰ろうとしたけど斎場の人にお清めへ参加するように言われ、知っている人が誰もいない会場に一人で行った。
同じテーブルに彼の会社関係の人たちがいたけど、義理で参列している雰囲気が伝わってきて、悲しんでいないのが分かった。
彼の自殺について、いろいろ推測しているみたいだった。
居心地の悪さを感じて、あたしは同じテーブルの人に挨拶してから、すぐにその場を離れた。
後悔
彼を自殺で失った後、あたしはずっと後悔していた。
何故、もっと親身にならなかったのだろうと。
「もっと頻繁に連絡を取るべきだった」
とか
「約束したビアガーデンに二人で行っていたら、何か変わったかも知れない」
とか、考え出したら切りがなかった。
でも、彼にはもう二度と会えない。
大切な人を自殺で失って
あたしは、どうして彼が自殺を選んだのか、今でも理由を考え続けている。
季節が夏から秋に変わる頃には、必ず彼を思い出す。
残された人は助けになれなかった自分を、ずっと責め続けることになると思う。
もしもあなたが自殺を考えているのなら、残される人のことを思い出してほしい。
自殺を考えるぐらい辛いのなら、誰かに助けを求めてほしい。
今はきっと視野が狭くなっているだけです。
周りを見渡せば、たくさんの道があるのだと思います。
あなたがいなくなったら、悲しむ人がたくさんいます。