ふきげんよう。
最近、朝のワイドショーを眺めていると、しょっちゅう
Twitterで話題になった動画
のニュースが流れているわよね。
株をやっていた時も感じたけど、Twitterって情報拡散のスピードがほんと早い。
普通の日常でも、何か珍しい出来事が目の前で起こって、その一部始終を動画に収めれば
バズって一躍有名人になれる・・かも
ネット、動画投稿サイト、カメラ付きスマートフォン、いろんなツールが揃って、今は誰でも発信できる。
思わぬところに人生が良くも悪くもなるチャンスが潜んでいるのよね。
だからってさ、目の前で争いが起きているのに、それを傍観しつつ、こっそり動画に撮影するってどうなの?
明らかに自分に力がなくて、抗う方法がそれしかない時は仕方ないと思うの。
お母さんに虐待されていた兄弟の件とかね。
でも、それなりに力も知識もある大人が、トラブルの仲裁をするよりも真っ先に動画を撮影することに意識が行くってさ・・
炎上という社会的制裁の生贄探し
↑こんな風にしか感じない。
こういう動画を撮影する人って「問題提起をするため投稿しました」って言うんだけど、個人間で起こったトラブルをネットを通じて世界中に発信して問題提起する必要ってあるの?
それも、当事者じゃなくて赤の他人が。
また、ネットで話題になっているからって、それに乗っかるテレビ局も疑問。
ネットでみんなが叩いているから
テレビでも取り上げられているから
ちゃんと自分で考えないまま、周りが騒いでいるからって理由で、特定の個人を攻撃することを正しいと思ってしまう。
ほんと、理不尽ないじめと一緒。
弱っている人にみんなで石を投げて殺す。
とどめを刺した最後の一発は、私やあなたが投げた石かも知れないのに、みんなでやったから分からない。
そして、話題の旬が過ぎれば、石を投げた事すら忘れてしまう。
関わった人のほとんどが、自分の行いに気付かないままこの繰り返し。
きっと終わることはない。
でも、不自然さに気づいたのなら、あたしは変わろうと思うの。