うつが治るまで~うつ病経験者の語る体験談・後編~

Giuliamar / Pixabay

ここまで読んでくれて、ありがとうございます。
中編の記事では、うつ病にかかっている間、どんな心境や体調だったかを記しました。

この後編で最後の記事になりますが、こちらではうつ病が治ったきっかけお話します。

帰宅してから・・

「とりあえず私物は全て回収してきたけど、これからどうしよう・・」

帰り道の電車の中で、いろいろ考えを巡らせていた。
社員証やビルの入館証など、まだ返せていない備品があったのだけど、さすがにこれらを会社の机に置いて出るわけにはいかなかった。

少し前まで「ナオミとカナコ」という、広末涼子と内田有紀が出ているドラマの事を、ふと思い出した。
二人は激しい暴力を奮うカナコ(内田有紀)の夫を協力して殺害し、その罪を隠蔽しようとするのだが、だんだん追い詰められていくというお話だった。

追い詰められていく過程で、二人は海外逃亡を決意する。
広末涼子演じる「ナオミ」が、罪が発覚した時に会社へ迷惑をかけないため、退職願を会社へ送付するシーンがあった。

あたしもそれを参考にして、退職願と備品を会社に送ることにした。

後は、あたしは実家に住んでいるので、なるべく家族に迷惑をかけないようにしたかった。
退職願を送ったら死に場所を探して、家からも出るつもりだったので、できる限りの処理はしたかった。

家に着いたあたしは、退職願はどんな風に書けばいいか?どんな封筒に入れて送ればいいか?など、この期に及んで真面目に調べていた。

家には茶封筒しかなかったけど、退職願のような書類は白封筒に入れるのが常識らしく、わざわざ買いに行ったりもした。

調べた結果、退職願と一緒にどうして辞めるのか、添え状もあった方が良いみたいなので、うつ病になって仕事を続けられない旨を書いて入れておいた。

これで、退職願の準備は整った。

出発の朝

目が覚めた。
いつも通り、出勤すれば何もなかった事になる。
でも、一晩寝てみても気持ちは変わらなかった。

とりあえず、退職願を郵便局で出して、そのままどこかへ行こう。
少し大きめの鞄に、2日分の着替えやスマホの充電器を詰めた。
家族に置き手紙を残し、家を出た。

もうすぐ五月、よく晴れた日で青空が綺麗だったのは憶えている。
近所の郵便局で切手を買い、退職願を会社へ送った。
その足で最寄り駅に向かう。
宛てのない旅が始まった。
「もう、後戻りできない」と思いながらも、清々しかった。

死に場所を探すはずだったけど・・

どうやって死ねばいいのかは分からなかった。
でも、どこか遠くへ行きたかった。
そして、海を見たいと思った。

とりあえず、テレビで観たことのある観光地へ、電車を数時間乗り継いで行ってみた。
人気の街だけあって活気もあるし、風情もあった。

フラフラと街を歩いてみた。
そうしたら、お腹が空いた。

いつも「食べなくては仕事に差し支える」と、仕方なく食事をしていたけど、久しぶりに心から何か食べたいと思った。

その土地の名産を使った海鮮丼を食べてみたら、とても美味しくて、なんだかウキウキした気分になったのは、今でも憶えている。

食事を済ませたあたしは、海を見に行くことにした。
初めて歩く街は、あたしを新鮮な気分にしてくれた。

家と会社の往復、特に会社の最寄り駅から会社までの道は、いつも行きも帰りも地獄みたいだった。
同じ歩くのでも全然違う気分で、楽しい気分でいられるのは、本当に久しぶりだった。

海が有名なその街は、シーズンじゃなくても人気がたくさんあった。
マリンスポーツをしている人、あたしみたいに観光している人、たぶん近所に住んでいる人、昨日までは他人に関心が湧かなかったのに、目に入る人たちの事を、いろいろと想像してみたりした。

久しぶりに見る海は、青い空を映してキラキラしていた。
太陽の光が反射して白いようで、とても綺麗だった。

「死のう」と思って家を出たけど、遠い場所には違う世界があることを知った。

まだ、知らないことだらけだ。

今日は朝から、一度も薬を飲んでいないことに気がついた。
朝起きたら始まる「耳鳴り」もしていない。
体は素直なもので、あたしが会社から逃げると決めた時点で、良くなっている様子だった。

「あんなパワハラ上司のために死ぬなんて、馬鹿馬鹿しいわよ」

うつ病になる前のあたしが、心の中で言った気がした。

その後のあたし

その後もしばらく旅を続けました。
我慢だけの毎日を送っていた自分を労うために、好きな場所に行って、好きな事だけする、好きな物を食べる・・・そんな日々を三週間ほど続けて、心が元気になるまで、自分に栄養を与え続けました。

その間は、ホテルやウィークリーマンションで生活していました(お金はかかったけど・・)

スマホにはパワハラ上司や苦手な同期から、何度か電話がありましたが、もちろん出ていません。
退職願はすんなり受理されたみたいで、家族に連絡がいくようなことはありませんでした。

パワハラ上司は以前にも問題を起こしていたので、あたしに騒がれたくなかったのだと思います。

仕事を辞めてから、うつ病は嘘のように良くなりました。
すぐには家に帰らず、自分の力だけで冒険を続けたのは、荒療治になったのかも知れません。

旅先でウィークリーマンションを契約するのは大変だったし、「死」以外のことをたくさん考える日々は、心を元気にしてくれました。

この出来事をきっかけに、「働く」ということを考え直しました。
今は、雇用されることにはこだわらず、在宅の仕事をしながら、細々と生活しています。
いつまで続けられるかは分かりませんが、もし再び雇用されるとしても、アルバイトやパートで充分です。

自分の時間や精神を削ってまで、会社に尽くしたいなんて思えません。
そんな考え方は古いし、あのパワハラ上司のように、増長した悪魔のような会社員を作り出すだけだと思います。

同じように悩んでいるあなたへ

あたしがしたことは、世間的には非常識なので、正直言うとおすすめはできません。
ただ、決断した時は

「もう、自分を守り切れない・・」

そう感じていました。

うつ病にかかっている時は、とても視野が狭くなってしまいますよね。
でも、あなたには、今見えている道以外にも他の道があるはず。

人生はいくらでもやり直せると、あたしは思っています。

そして、毎日のように

「死にたい」

と思う経験は、心に大きなダメージを与えます。

あなたが悪い状況から抜け出せたら、焦らずにゆっくりと静養して下さい。

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